難しいことを難しいままに

難しいことを難しいままに伝えるのが難しい時代になっているという事態に私はむずがゆい。

簡単で
早くて
わかりやすい

できるだけ工程は少なく、手間は少なく。相手が理解に苦しむ過程は、「時間を奪う」と捉え、できるだけその努力をしなくて済む形で提供する。

まあ確かにいいと思う。できるだけシンプルに物事をするのはいいと思う。けど、今起こっていることって、本当のシンプルやミニマムと言えるのか?だってシンプルって実はすごく難しい。本当に必要なものだけ“残す”のだから、何も考えずごちゃ混ぜの方がずっと簡単なのに。

そう、今の世の中は思考停止している。「めんどくさい」のだ、わかろうとする過程が。その結果、「簡単で早くてわかりやすい」が好まれる。よくある例えは、パートナーとの出会い、、、「ご職業は何を?」「休みの日は何しているんですか」まずお互いを知り合うのがめんどくさくて、最近の結婚相談所は職業趣味性格あらゆるものをプロファイル化して、まずそこで響く人とだけ合うシステムだから、そのお互いを探り探りする過程を省き、スピーディに結婚へと進めるのだという。

そうなってくると失敗はしない、かもだけど、失敗できなくなるというか。失敗だって楽しいものです。失敗した自分を見捨てずに見拾って「失敗じゃないのだあはは」となんとか工程に漕ぎ着ける、漕ぎ着けてあげるのです、自分が自分を見捨ててしまっては、とても再起できないから。

「失敗したらどうしよう!?」って怖くて動けなくなるこどもたちが増えていくのも、こうした時代背景を見ているとわかる気がする。おとながそうだからね、失敗の仕方がわからないのだきっと。

私もできるだけ、家事の時間減らしたい、事務の時間勿体無い、なんて思うこともある。私の場合は、できた時間でもっと創作にあてたい。でも家事だってある意味、クリエイション、料理も大好きだ。

考える手間を、かける時間を減らして、その分を私たちは何に費やしているのだろう。SNS・・・?

ちょっと話逸れたけど、難しいことは難しいままに私は伝えてみたい、と言う話です。

これを最初に知ったのは作家Fさんの「20代で得た知見」(いやこれを本当に20代で知ったならどんな後世になるねんみたいな内容)で読んだ。

「難しいことを難しいままに語ってくれる人が、誠に信用できるのです。」

この言葉に出会うまでは、わかりやすさが大事だと思っていたし、時短とかまとめ系(本とか映画を短く要点に絞って結末まで教えてくれるやつ)のYouTube見るのも、ハウツー本たる実用書系も好きだった。「ふうん、難しいままに、かあ。」

相手にとってどうせわからないだろうから、簡単にしてあげた方がいい、と言うのもわかる。けどそれって実は相手にとても失礼というか。この程度でいいでしょって見下している感じ。要は、自分が語る時はとりあえず思う存分語れよってことかなと。確かに長い、ダラダラしている、これは終わらないなあ〜なんて話はつまらなくて時間返してって言いたくなるんだけど、そこはスキルでなとかするもので、伝えたいという熱さえあれば、スキルがどうであってもやっぱり見てて聞いてて面白いはずなのだ。

もし「あれ伝わっていない!?」ってことに切なさを覚えたならば、そこから対話は生まれる。相手ととことん話せばいいのだ。人間の武器ってずばりそこだろう。

作家の綿谷りさんが、本って即効性がない、読むこと、消費(という言い方で合っているかは置いといて)に時間がかかるから、一文にできるだけ情報を少なくして、生活に則した身近さ手軽さが食い込んできている、小説が誰かに読んでもらい生き残るためにそういう傾向になっているんじゃないか、、、的なことを言っていた(すみませんうろ覚え)。朝井リョウさんは、物語る作法は時代によって変わっていく、とも言っていた。自己を物語るということとは一体。

本と舞台は似ていると思う。さっき、対話すればいいって言ったけど、それはその場で対になって膝突き合わせていればできるけど、本や舞台みたいに一方的に体験を提供されるものは、それを全部読み終わってから、観終わってから、感想を初めて出力することになることが多い。となるとやはり必要なのは時間だ。時間をかけて、相手の熱を、受け取る覚悟のようなものが。

でも、相手に反論?の隙を与えないくらい、息つく暇もないくらいハッとさせてグッとくるものをみせられた時って、権力に押さえつけられて何も言えない時とは全然違う、ある種爽快感的なとろこもあるんじゃないかな。伝える方だって生半可な思いで創られない、めちゃくちゃに時間と財産かけて創っているもの。

「アーティスト症候群」大野左記子さんの著書のなかで、「作品は、私はものをこう見る、それを通じて私はアートをこう捉えている、という考えの提示である」と述べている。私も、アートってなんのためにあるのかすらん、ってずっと考えているけど、今のところ、これが答えに近い気がしている。アートや、何か物語るきっかけがあってこそ、人は対話し、また創り出すのではないだろうか。何もなしにいきなり語るのは難しい。

アートってなんのためにあるのか、恒例のAIに聞いてみました。恐るべし、どうせ大した回答をしないと思っていたら、まあまあいいところをつく。

1、人間が「感じる生き物」だから
2、言葉では伝えきれないことを伝えるため
3、人間が世界を理解するため
4、社会や文化の記録として 文化のタイムカプセル
5、生きる意味や幸福に関わるから
6、つくることそのものが喜びだから
アートは「必要だから存在する」というより、
人間がいる以上、必然的に生まれてしまうものです。

君、すげえな…本当(苦笑)まあAIだって人間が作ったんだからね。

難しいことを難しいままに伝える。私はこどもにも特に容赦しません。自分の感情やお金のこと、社会のこと、いろんなことを、年齢に関係なく、その子がわかっているかわからんでもちゃんと話すようにしています。どうせ言ってもわからない、じゃなく、まずぶつけてみるんです。でも投げやりではなく丁寧に、内容は難しいままでも伝えようとする努力は必要です。こどもたちは、何言ってんのかわからなくても、その時ぶつかってきたおとなの全力さや熱はきっと覚えているんじゃないかなあ。そういう人ってちょっとかっこよかったなって思ってもらいたい、こどもにかっこいいって思わせるおとなでいたいな。

繰り返しますが、伝えようとする努力は必要です。そして、伝わったら相手はどんな反応するかな?って想像してみたり、「ウケ」を狙うあざとさも必要なのです。ダンスや舞台では特に鍛えられた身体の存在そのものが物語ることがあります。身体も鍛えておかねばなりません。伝えようとする努力をしない、独りよがりではアート、真の「表現」には行き着かぬものなのです。

そして伝えようと努力をする人は、相手をわかろうとすることにも時間を惜しまぬ人が多い。多分必然的にそうなります。プロセスを、成功も失敗も丸ごとひっくるめて楽しめた人が人生勝ち組です。

Podcast「しんせつスタジオのしゃべって談巣!」でもそんな話をしています↓

冒頭の写真は、来年2月に上演予定の「偏愛エントロピー 私たちが舞台を偏愛する不確かな理由について」の一場面です。ここで宣伝です。みうらとしるの作りだす究極の偏愛舞台をぜひ観にきてください。

《 Shinsetsu Dance Co. 旗揚げ公演 》

私の確実な[偏愛]をそろえたのに

どうして舞台は思い描いた通りにならないんだろう。

ならないことに、愛を感じてしまうのは何故だろう。

「踊るか、語るか、それが問題だ。」

「いや、違う。

ノンセンスか、ノンダンスか、それが問題だ。」

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日程 : 2026.02.07 ( sat. )
場所 : 横須賀市立青少年会館 (よこすかフェスタ)

チケット料金
一般   2500円 
18歳以下 1000円

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振付・演出 : みうらとしる @shinsetsu_studio_kitakurihama 

出演:(Shinsetsu Dance Co.)

中村駿佑

徳永あやえ @ayaetokunaga

ERIKA @erika.kato.777

ヘミングトンアシュリン桜子 @aisling_sakurako

川部愛奈 @o923mp 

加辺凜南 @rinna.kabe 

吉澤優海音 @4.dbalsp_19

守倉紡 

馬場大希(劇団かに座) 

ジャイアント田村 (プラスティックな月) @gtamurakikaku

波木井萌 @gleek_moechi 

森清太朗 @shin_taromori

IRODORI  @irodori___417 

Atsumi  @bboy_atsumi 

チケットご予約https://shibai-engine.net/prism/pc/webform.php?o=xc8x0ulz

公式サイトhttps://henai-entropy.jimdosite.com

私だって、こんな難しいというか、そのまま出していいものか我のやりたい放題を、何て思われるのやらとドキドキしておりますが、全ては「ちょっとかっこいい」と思われるため。

踊るか、語るか、それが問題なのです。

今日はここまで。いつも長い私の記事を最後まで読んでくださるそこのあなた、ありがとうございます。

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投稿者プロフィール

三浦桃実
三浦桃実
看護師、ダンスファシリテーター、ヨガファシリテーター、シネマトグラファー。しんせつスタジオ代表。神奈川総合高校にて創作ダンスに出会い、神奈川県立保健福祉大学にて親切ダンスカンパニーを設立。様々な領域や枠を越えたメンバーで、地域に繰り出し踊ってきた。ダンスを言語として捉え、自分の思いを自然な動きで伝えるダンスのスタイルを編んでいる最中。ヨガ指導資格をリブウェルインスティテュートにて取得し、Bowspringや親子ヨガ、スタイルアップヨガなど、毎回哲学的なテーマを織り込んだオリジナルのクラスを提供する。ダンスもヨガも、ユーザー(参加者)と作り上げるスタイルが定評。またシネマトグラファーとして、依頼主の作りたい世界観を築き創るコンセプトで動画制作を行っている。
ユーザーさんたちが、自分が昨日よりちょっとかっこよくなっていることに気づいてもらえるように、スキルを活かして日々邁進中。モットーは「地球規模で考え、地元で行動」「しんせつなひと」
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看護師、保健師、RYT(全米ヨガアライアンス)500、メディテーション(瞑想)講師、JCDN主催コミュニティダンスファシリテーター養成講座修了生